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短編小説 『祭りの後』

 数秒前まで繋がっていた関係の糸が、たった一言で断ち切られた。別れ話なんて、いつだってそういうものだ。じゃあね、ばいばい、いままでありがとう、体に気をつけてね、どんなに濃く漂っていた愛の煙だって、ひと吹きでなくなる。ぼくは高木の話を聞きながら、10年も前になる、自分自身の別れ話を思い出していた。

 

「......ってなわけでさあ、悪いのは俺じゃねえってわけよ、なあ?」
「うん?ああ、そうだな、お前は悪くない」
「良成、お前聞いてなかったろ」
「...悪い、ぼおっとしてたわ」
「ま、いいけどよ、別れ話なんて、楽しくもなんともねえからな」

 

そう言うと高木はビールをグッと飲んだ。生ビールの中ジョッキが空になった。二人分のおかわりを注文した。

 

「俺たちさ、もう30だろ」
「うん」
「周りの奴らも所帯を持ってきてる」
「そうだな」
「山根とか近藤には子供までいる」
「ああ」
「お前の弟にも最近子供ができた」
「事実だな」
「で、俺とお前だ」
「......」
「俺は最近最愛のガールフレンドと別れた。良成、お前は?」
「ずっと一人さ」
「そうだよな、悪いことじゃない。たしか、お前に直近で恋人がいたのって大学2年生のころだよな?」
「そうですね」
「10年前か、長えな」

 

中ジョッキに入ったビールが2杯運ばれてきた。ジョッキの表面に水滴が滴っている。

 

「なんで一人なんだ?」
「わからない」
「即答だな」

 

高木が笑ってビールを飲んだ。高木とは高校以来の付き合いだ。高校三年生のときに同じクラスになって、なんとなく話すようになって、そのうちお互いに馬が合うのがわかった。二人とも一年間浪人をして、同じ大学の同じ学部に進学した。

 

 高木と何度も来た新宿のチェーン店の居酒屋は薄暗かった。薄暗いオレンジ色の照明が三十路男の頭にかかっている。

 

「寂しくないのか?」

 

高木が言った。

 

「何が?」
「何がって、ずっと一人でさ、肌の触れ合いとかもねえんだろう?」
「たまに風俗には行くよ」
「そういうんじゃねえよ、なんていうかその、もっと長い付き合い、というか、関係って意味での触れ合いだよ」
「それはない」
「俺は寂しいよ、そういうのがないと」
「俺だって寂しいよ、ときどき眠る前に部屋の天井を見てて泣きたくなる」
「だよな、じゃあなんでそんなにずっと一人なんだよ」
「うまくいかないんだ、何をやっても。触れたいのに届かない、届きそうで届かない、潮が引くみたいに機会が去ってゆく、どんなに願っても」

 

高木はそこまで聞くと黙り込んでしまった。もう一度ビールを飲むと動きを止めて、テーブルの上をじっと見ている。

 

10年前に別れた恋人と最後に交わした会話はなんだっただろうか。さよなら、だったろうか、思い出せない。二人で乗った観覧車とか、誕生日に作ってくれた自家製のケーキとか、観覧車に乗った後二人でとった写真とか、江ノ島の海岸で肩を寄せ合ったこととか、良い思い出ばかりが心に残っている。あれから10年ぼくは一人だ。寂しさを噛み締めた、自暴自棄を経験した、息苦しさを恋しさを愛しさを心身で味わった。それでもぼくは一人だった。

 

「なあ、俺たちこのままずっと一人なのかな」

 

高木がそう呟いた。

 

ぼくはすぐには返事をすることができなかった。たっぷりと時間をおいて、ビールの泡が消えてしまうくらいの間をおいて、ぼくは言った。

 

「そうかもな」
「それは嫌だけどな」

 

高木が顔をあげて、微笑んで言った。

 

「もう一杯飲もうぜ」
「ああ、そうしよう」

 

 昨日は地元の街で祭りがあった。4年ぶりの祭りだ。人でごった返す駅前を通り抜けて、ぼくは一人仕事に向かった。高木に会うために今日再び駅前にでた。祭りは終わり喧騒の残り香としての静寂が、街を包んでいた。ぼくはその祭りの後の空気を好もしく思った。

 

 高木と二人でもう一度乾杯をした。二人のこれからに乾杯、ジョッキとジョッキが触れ合って、ぼくたち二人は微笑んだ。

 

                                          森田義貴

更新日時 : 2023年09月17日 | この記事へのリンク : 

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