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阿佐ヶ谷のための短編小説

こんにちは。株式会社菊商事の森田です。世の中が騒然としています。


さて、この度、阿佐ヶ谷のための短編小説という連載をスタートいたします。阿佐ヶ谷を小説内に埋め込んで、何かを書きたいと
思います。完全に素人ですが、少しでも阿佐ヶ谷という街をPRできたらなと考えています。

もしよろしければ、読んでいただけると幸いです。では、点線の以下より第1編の開始です。


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『悲しいわけじゃないけれど』

 阿佐ヶ谷駅南口へ降りると、大手コーヒーチェーンがある。駅と一体になったビルの1階に、その店はあり、ガラス張りの店内は外からもよく見える。店の中では緑色のエプロンを着けた店員が、忙しそうに働き、レジには列ができていた。ガラス1枚隔てた外から、私は毎日店員の笑顔を見る。そして私は会社に行く。帰って来る時も、彼、彼女達は笑っていた。

 コーヒーショップのガラスに写る私の顔は、普段鏡で見る自分の顔となんら変わらない。一重瞼、薄い化粧、隠しきれなかった目の下のくま、平凡な目、平凡な口、濃くも薄くもない眉。紛れもない私の顔だ。大学を卒業してから7年、正直私は自分がどのくらい年をとったのか、変わったのか分からない。ただ、免許証の写真を見ると、私も歳をとったなと感じる。更新前の学生の頃の私は幼くて、張りがあった。去年免許証を更新した時の私は、それらがいくらか失せてしまったようだ。そこまで考えて、ガラスの向こうの男性が、ぎょっとした目で私を見た。思ったよりも長く、ガラスの前に立っていたらしい。私は軽く会釈をすると、何事もなかったかのようにガラス窓の前から離れた。改札へ行き、ICカードをタッチする。青い丸が浮かび上がり、仕切りが開く。

 もう何年経っただろうか。そう、たぶん5年くらいだ。正確な年数は思い出せない。思い出そうとすると、頭がぼおっとする。私は彼氏と別れた。彼とは大学で知り合った。同級生だった。同じサークルに入っていた。付き合おうと言い出したのは彼だった。私たちが大学2年生の夏、河原でバーベキューをしていた時だった。彼が私を呼び出した。
「ちょっとごめん、駐車場まで来てくれる」
砂利の駐車場でジープの横で、私は告白された。その時私は、もう何年も告白なんか受けていなくて、どうしたらいいのか分からなくなっていた。胸がドキドキした。右手に持った缶チューハイが小刻みに震える。彼はじっと待っている。どうしよう…、私はとっさに彼の顔を見た。口元に力がはいっている。再び視線を足元に落とす。もう一度顔を上げる。私のサンダルから砂利を踏む音がした。

 新宿駅で山手線に乗り換える。朝の通勤ラッシュで、電車はいつも通り混んでいた。白いつり革につかまって、肩を狭めていると、女子高生と男子高校生に目がとまった。お互いに顔を近づけあい、ひそひそ話をしている。

 私たちの初デートは水族館だった。池袋にある有名な水族館。青い水槽を泳ぐ魚たちを見て、アシカやペンギンも見て、二人ではしゃいだ。夜は居酒屋でご飯を食べて、お酒を飲んだ。たくさん話もしたはずだ。でもどうしてだか、何を話したのかあまり覚えていない。最後は二人でホテルに泊まった。翌朝目覚めると、私は池袋の朝が気怠いということに、繁華街の早朝が自分をだらけさせることに、はじめて気が付いた。私たちはその日、講義をさぼった。

 車内アナウンスが高田馬場と告げる。たくさんの人が降りていき、また同じくらいの人が乗り込んでくる。運よく私の前の席が空いた。座ろうとすると、さっと横から誰かが座った。大学生くらいの女の子だった。私の横に立っているこれまた大学生くらいの男の子に笑いかけている。男の子も笑い返す。ドアが閉まり、車内が大きく揺れた。

 私たちは大学を卒業すると、同棲をはじめた。お互い在学中は一人暮らしだったため、二人での生活は新鮮だった。お金のあまりない私たちは、古い木造アパートを借りた。6帖の部屋に大きなダブルベッドを置き、4帖半の部屋でテレビを見て、5帖のキッチンで夕ご飯を食べた。彼も私も毎朝同じ玄関から仕事に行き、休みの日は二人とも遅くまで眠っていた。彼はコーヒーが好きで、私は紅茶が好きだった。私は朝起きてパンをトースターで焼き、インスタントのコーヒーをいれた。その間彼はゆっくりとパジャマから着替え、髪を整えた。向かい合って食べる朝食。ワックスのぬられた彼の髪は毎朝ツヤツヤと輝き、彼のかじるパンのサクサクという音が、私はとても好きだった。仕事から帰ってくると、また同じように向かい合って夕飯を食べた。

 池袋で電車から降りる。たくさんの通勤者と一緒にもみ合いながら、階段を下りていく。改札をでて、右に曲がって、一度だけ後ろを振り返る。

 「ごめんなさい。もう会えません」。同棲をはじめて1年くらい経った頃だった。私が2日間の出張から帰ってくると、きれいに彼の荷物だけ無くなった部屋に、そう書かれた紙切れが置いてあった。押入の中、台所にあった歯ブラシ、マグカップ、すべてが半分になっていた。ただ、6帖間に置かれたベッドだけが、二人分の空間をあけていた。何度も何度も電話した。有休をとって、1日中あてもなく彼を探し回った。夜、帰ってくるとインターネットで行方不明者保護のニュースを検索した。そうやって1ヶ月が過ぎたころ、私は探すのを諦めた。探すのを諦めた日、私はベッドに倒れこんで、一晩中泣いた。泣いて、泣いて、泣いて、外が白みはじめた頃、家を飛び出した。夢中で早朝の街を走った。どこをどうやって走ったのか分からない。気が付くと、阿佐ヶ谷駅南口のコーヒーショップのガラスに、サンダル履きの顔のむくんだ女が写っていた。

 仕事から帰ってくると、夜の8時を過ぎていた。改札を出て、いつものように家路につく。例のコーヒーショップから男女が出てきた。二人とも仕事帰りだろうか、スーツ姿だ。お互いにつないでいない方の手に、持ち帰り用のコーヒーカップを持っていた。彼女は同じ手で器用に小さなスーツケースを引き、彼はカップと一緒に黒いかばんを持っている。二人とも笑いあいながら、同じ方向に歩いて行く。紙のコーヒーカップには、女神を象ったロゴが印刷されている。

 もうすぐ部屋の更新だ。家について、荷物を降ろすと私はそう考えた。同棲がだめになって、今のアパートに引っ越してからもう2度目の更新になる。冷蔵庫から缶ビールと、昨日の残りのスライストマトを取り出す。プルタップをあけ、トマトと一緒にビールを流し込む。酸っぱくて、苦い。そろそろ引っ越そうか、でも一体どこへ?テレビをつける。音楽番組をやっていた。私と同じくらいの年のヴォーカルが歌っている。「誰でもいいよ だれか私を 掬って食べて」。



※最後の文は、マカロニえんぴつの楽曲「ブルーベリー・ナイツ」から引用しました。

更新日時 : 2020年06月04日 | この記事へのリンク : 




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